野平祐二さん・・・スピードシンボリ(3)
…その質のちがいとはなんですか?
「一言で言うと"ため”。馬のパワーやスピードをためるということ、蓄積するということと、我々が日本でやってた抑えて下げるということは、似ているようで全然違うんです。力を体の中にためこんで、それを最後に一気に爆発させるってことが大事なんです」
…ジャパンカップでも向こうの馬が見せる爆発力はすごいですよね?
「そうなんですよ。騎手のもってるためる技術も日本とはちがうし、もともと馬を育てていくときに、馬自身に、"ため”をつくるってことがすなわち強さなんだって教え込んでいますからね。"強さ”とは、ただ速く走って勝つということとはまたちがうものだ、ということですよ。
そのことが、誰もわかってなかった。で、私は思いましたよ。なんて大きな過ちを長い間やってきたんだろう、とね。そのときは、向こうの競馬社会の中で入りこんでやらなきゃだめだという気持ちにもなりました。でも、そういう失敗をしたってこと、大きな壁にぶつかったってことは、私にとっていい経験でしたね」
…そのときスピードシンボリはどんな気持ちだったんでしょうか?
「辛かったと思いますよ。大変な苦労だったでしょう。結局、人間の趣味とか娯楽のためにテストとしてもっていかれたわけだから。馬にとってみれば、かわいそうな話ですよね。
凱旋門賞で10着に負けた後、私はスピードシンボリといっしょに飛行機で帰ってきたんですが、あの馬、ほとんどなにも食べないし、飲まないんですよ。フランスの、人の指くらいのちっぽけな泥のついたニンジンを、ひとくち、ふたくち食べるだけでね。あとはもう食べない。燕麦なんかも、手のひらにのっけてやると少しだけ食べるという感じで、なんかウサギにエサをあげているような感じでしたよ。
でもね、あの馬はそんな辛さをきっちり我慢した。それで、その馬から、私は、ほんとの耐える強さを教えられましたね。勝負ってのは耐えることも非常に大切なんだってことを」
…その後、帰国して一ヶ月たらずで、四度目の有馬記念に臨むわけですよね?
「凱旋門賞やキングジョージを使った馬ですからね。こんな馬ほかに日本にはいないんだと、負けちゃいけないんだという気持ちがありましたね。
だけど、日本とは全然違う馬場を走ってたので、モーションが変わっちゃったんですよ。昔のフワーッというすごく大きなモーションが、クッ、クッという感じの細かいのになっちゃったんですよ。それをこっちは力んでると受け取って、ちょっとまずいと思ったんですね。それからやっぱり、遠征の疲れなんかの体調の不安もあったしね。
それでも勝った。実は、あの馬については自慢するほどうまく乗ったレースはなくて、いつもカッコよく勝ってやろうとするわりには、そうもいかなかったんですが(笑)、このときも少し早仕掛けでね。最後は、アカネテンリュウに差し込まれているんです。それでもあの馬は、並ばれたら突き放すって感じで、絶対に抜かせないんだけどね」

