1995年 優勝馬マヤノトップガン

「お前の力を過小評価しててゴメン」

かなざわいっせいさん(競馬ライター)


かなざわいっせいさん

  ●マヤノトップガンが小さいとき世話してたけど…

あのころは毎年、夏になると、マヤノトップガンを生産した北海道・新冠町の川上牧場へ「季節限定牧夫」として働きに行ってた。だからトップガンも、牧場にいるときに世話をしていたはずなんだけど、これが、全然覚えてないんだよなあ(笑)。

たぶんオレからみたら、ごく普通の扱いやすい馬だったんだと思う。よく覚えているのは、めちゃくちゃうるさいのか病弱なのか、どっちかだから。

でもそういうタイプはどっちも、だいたい競走馬としては大成しないんだよね。まあ、マヤノトップガンの日記でも取ってりゃ、きっと何かあったと思うけど、そんなヒマはない!

だからマヤノトップガンのことなんて、デビューしてもしばらくは全然知らなかった。初めて知ったのは、4歳の7月に、トップガンが中京で900万特別を勝ったとき。悦ちゃん(川上悦夫牧場長)が「うまく行ったら菊に行けるぞ!」って、やたら興奮していたのを覚えてる。

でも悦ちゃんがそんなふうに言うのはよくあることだから、オレは「バカいってんじゃないよ」って笑ってたけどね。

  ●まさか、まさかの菊花賞制覇

でもその後、神戸新聞杯に出てきたときはびっくりした。「厩舎が本気で菊花賞を狙ってるんだな」と思った。そして神戸新聞杯で2着になって、ホントに菊花賞に出てきたんだから…。

菊花賞のときは競馬場に行かないで、浅草のWINSに行った。まさか勝てるなんて思ってなかったからね。今まで、川上牧場の馬をみんなで応援に行って負けたことが何度もある。そういうときって、ホントにヤな気持ちになるからね。

「いっせいも行かないか?」って悦ちゃんに誘われたけど、行かなかった。そうしたら、勝っちゃった…。浅草の馬券オヤジの中で一番青ざめてたのはオレじゃない?

  ●教え子が甲子園で優勝したみたいだった

有馬記念のときも勝てるとは思ってなかったよ。ただ、菊花賞馬として恥ずかしくないレースをしてくれればいい、惨敗したらいやだなあ、と思ってた。

だから馬券も馬連は買ったけど、単勝は買ってない。馬券はトップガンからナリタブライアンとサクラチトセオー、ロイスアンドロイスへ流した。2着がタイキブリザードだったから馬券は外れたけど、バンザイした。

有馬記念を勝ったときは菊花賞を勝ったときよりもっと衝撃的だったよ。違う世代と戦って勝ったわけじゃない。オレはマヤノトップガンに「ゴメンネ」と言いたかったよ。「お前の力を過小評価してて」って。でもな、それと自分の勝負馬券は違うからな…。

レースが終ったあと、うまや(中山競馬場の出張馬房)に行ったら、馬房の周りに記者やカメラマンがいっぱい群がってて、近づけなかった。なんだか自分の教え子が夏の高校野球で優勝しちゃったみたいな感じ。

でもマヤノトップガンは松坂と違って、「かなざわ先生! 小学校のときはお世話になりました」なんて、あいさつしないからな。

オレはただ呆然と見てた。ようやくみんながいなくなったあとで、悦ちゃんと厩務員と3人で記念写真を撮ったけどね。

  ●あの人、マヤノトップガンのこと話してるよ

悦ちゃんを羽田空港まで送っていって、そこのレストランで二人だけの祝勝会をやった。そのときが結構面白かった。

悦ちゃんは酒飲めないからサンドウイッチを食べながら、「いやー、よかったな。いっせい、アルプミープリーズのとねっこが走った理由、わかるか?」「わかるわけないだろ!」なんてやってたんだよ。

そのうち、隣の客がデイリースポーツを広げながら、「今日の有馬記念、マヤノトップガンが買ったんだって。すごいじゃん!」。

そしたら、悦ちゃんは小さな声で「いっせい、あの人、マヤノトップガンの話してるよ」。うれしそーな顔で。赤の他人が自分たちの日常生活を知ってることに感動してた。

オレなんかには別に珍しいことじゃないけど、いつも牧場にいる彼にとっては、衝撃的だったみたい。「有馬」とか「田原」とかいう言葉が聞こえるたびに、悦ちゃんはあっち、こっち見てたなあ。


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